契約書に「定期」と書いてあっても安心できない?
沖縄に潜む定期建物賃貸借の落とし穴

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「この契約は定期建物賃貸借契約なので、期間が満了すれば更新されずに終了します」――。 沖縄県内では、このように説明されて契約を締結したにもかかわらず、法的な要件を満たしていないために、実際には「普通建物賃貸借」として扱われ、貸主が予期せぬトラブルに巻き込まれるケースが散見されます。本稿では、定期建物賃貸借契約が法的に有効となるための厳格な要件について、最高裁判所の判断も踏まえて解説します。 定期建物賃貸借契約の核心:「2つの書面」による手続き 定期建物賃貸借契約とは、契約の更新がなく、期間の満了によって確定的に賃貸借関係が終了する制度です 。これにより、貸主は契約期間満了後の物件利用計画を立てやすくなります。しかし、この強力な効果を持つ契約を有効に成立させるためには、借地借家法第38条に定められた、極めて厳格な手続きを踏む必要があります 。 その最も重要な要件が、「2つの書面」の存在です。 契約書本体: 公正証書等の書面による賃貸借契約書。これには、契約期間を定め、更新がない旨を明記する必要があります 。 事前説明書面: 上記の契約書とは「別個に」、「この契約は更新がなく、期間満了により終了する」という旨を記載した書面を、契約締結前にあらかじめ賃借人に交付し、その内容を説明する義務があります 。 沖縄県内で見られる多くの無効ケースは、この2番目の「事前説明書面」に関する手続きの不備が原因です。例えば、「契約書の中に定期借家である旨の条項を盛り込み、契約時にその部分を読み上げて説明した」というだけでは、この要件を満たしません。
最高裁判所が示した厳格な判断基準 この「事前説明書面は契約書と別個独立でなければならない」というルールは、最高裁判所平成24年9月13日判決によって確定的なものとなりました 。この裁判で、貸主側は「契約書とは別に書面を交付しなくても、契約内容を事前に送付し、賃借人も定期借家であることを十分に理解・認識していたのだから有効だ」と主張しました。しかし、最高裁判所はこれを退けました。その理由は、借地借家法第38条2項の趣旨が、賃借人が「更新がない」という重大な事実を明確に認識し、軽率に契約を締結することを防ぐ点にあるため、手続きの要否は「個別具体的な事情を考慮せず、形式的、画一的に取り扱うのが相当」であると判断したのです 。 つまり、賃借人がどれだけ内容を理解していたとしても、「契約書とは別の書面を、契約前に交付して説明する」という形式的な手続きを踏んでいなければ、定期建物賃貸借契約としての効力は認められない、という非常に厳しい判断です。
手続き不備の恐ろしい結末 もし、この厳格な手続きを怠った場合、契約はどうなるのでしょうか。契約全体が無効になるわけではありません。「更新がない」という特約部分のみが無効となり、その契約は「期間の定めのある普通建物賃貸借契約」として扱われることになります 。 これは貸主にとって致命的な結果をもたらします。普通建物賃貸借契約では、貸主側から更新を拒絶するためには、立ち退き料の提供などを含めた「正当事由」が必要となり、そのハードルは極めて高いです。期間満了後の再開発や自己使用を計画していたとしても、その実現は著しく困難になります。 貸主にとっては、たった一つの手続きミスが、事業計画全体を頓挫させる「コンプライアンス上の時限爆弾」となり得ます。逆に、借主にとっては、この手続きの不備を発見することが、不安定な立場から法的に強く保護された立場へと変わる「切り札」になるのです。沖縄特有の口約束や形式にこだわらない慣習が、こうした法的な落とし穴を生みやすい土壌となっている可能性も否定できません 。契約書に「定期」と記載があるからと安心せず、定められた手続きが厳格に守られているかを確認することが、貸主・借主双方にとって極めて重要です。

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